平泳ぎ vs. バタフライ(2)

水泳だったら、平泳ぎしかできない人がバタフライを覚えるのは、簡単ではなくとも不可能ではないだろう。泳ぎ方は違いが一目でわかるので、出来は多少あやしくても、いちおう真似ることはできるからだ。

それに対し声の場合は、自分の普段の声と違う出し方を探るのは格段に難しい。声の出るメカニズムそのものが体の中に隠れていて、まさに五里霧中。何をどう操ったらいいのかが、まったく目に見えないからだ。

ではどうするか。

結論からいうと、自分でいろいろと声の出し方を試してみて、その感触を体で覚えていくしかない。そして、出た声を自分の耳で聴き、声質を判断することだ。思うように声が出たと思ったときは、体のどこがどんな感覚だったかをチェックしておく。こうして、体の中(胸、のど、あご、舌、口、鼻など)がどんな状態のときにどんな声が出るかを感覚的に覚えていくのである。

さらっと言ってしまったが、これはなかなかすぐにはできることではない。

たとえば、声帯がどこにあるかは人体解剖図やWikipediaでも見ればわかるだろうが、声帯が振動している場所がどこかを自分の感覚として把握するのはけっこうむずかしいのだ。声帯はのどの奥にあるはずだから、そこを震わせようなどと思っても、なかなかそうは問屋がおろさない。もしかして声帯は不随意筋なんじゃないかと思うくらいだ。僕自身が試行錯誤を繰り返した感触からいうと、声帯はのどよりずっと上のほうにあるように感じたりもする。発声について目で見たり理屈で考えていることと、自分で声を出してみて体感することとは、ずいぶんかけ離れていることが多いのだ。

けれども、実はこうして自分の体と声の出方との相関関係を感覚的に把握しようと努めることが、発声を追求する上ではいちばん大事なのだ。

とはいえ、ただやみくもに実験するのでは効率が悪いし、目指す方向性も示しておいたほうがいいと思うので、次回は僕が平泳ぎ(i.e., 日本語の声)からバタフライ(英語の声)に切り替えるときに使っている経験則についてお話ししてみたい。

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