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声帯を手なずける方法

まず、声帯についてちょっと振り返っておこう。 前にも紹介したが、声帯を上から見ると下の図のような形をしている(図はWikipediaの声帯の項から拝借した)。方向としては、図の上側がのどの前方だ。白い2本のお箸状の棒がコンパスみたいに閉じたり開いたりする。このお箸状のものが「声帯ひだ」で、ここが閉じて振動すると声が出る。いわばバイオリンの弦のようなもので、その間を通る息がバイオリンの弓の役目を果たす。 ファーバースコープで見た写真はこんな感じだ。(写真は大阪医科大学の耳鼻咽喉科学教室ホームページ http://www.osaka-med.ac.jp/deps/oto2/html/shinryo/senmon/koe.htmlの声帯ビデオからキャプチャーしたもの) さて、いまの僕たちの関心事は、この声帯ひだを開いたり閉じたりする動作を、できるだけ精密にコントロールすることにある。声帯ひだのすき間をなるべく狭くするほうが声は緻密さと力強さを増し、さらに声帯ひだの張力を自在に調節することで音程を自在に操ることが可能になるからだ。 それにはまず、声帯ひだの開閉にはどんな筋肉がどう作用しているかを知っておく必要があるだろう。 参考になるページがあるので紹介しておこう。 http://www.anatomy.med.keio.ac.jp/funatoka/anatomy/Rauber-Kopsch/band2/142.html ドイツの歴史的解剖学書の一部らしいが、ここに声帯ひだをコントロールする仕組みが図解されている。 下の図はそこから拝借したものだ。ピラミッド状のテントの屋根から、赤と黒のロープが2本ずつぶら下がっているように見えるが、このロープは声帯ひだを示している。ロープの下端に見える2つのブーメラン状のものは「披裂軟骨」と呼ばれる。実はこれこそが声帯コントロールのカギを握るパーツなのだ。 よく見ると、このブーメランの中心部に白丸が描かれている。これは、披裂軟骨がこの白丸を軸に左右に回転できる構造になっていることを意味する。実際にそんな白丸が見えるわけではない。(このブーメラン形状は、披裂軟骨を水平に切った断面図にすぎない。披裂軟骨はかなり複雑な形をしていて、ほんとうは三次元形状を考えてもっと緻密にその動き方を分析すべきなのだが、今は話を簡単にするためこの断面図だけにとどめておく) 一番左の図を見て欲しい。ブーメランの外側の端に小さな黒い矢印があるが、これは披裂軟骨のその箇所にある筋肉(後輪状披裂筋)が収縮し、矢印方向に披裂軟骨を引っ張っている状態を示している。引っ張られた結果の状態が、赤線で示された部分だ。披裂軟骨が白丸を軸に回転する結果、反対側につながっている声帯ひだは互いに引き離されている。つまり声帯が開くのだ。 真ん中の図では、ブーメランの外側にある矢印が左の図とは逆方向を向いている。これは、披裂軟骨のさっきとは反対側についている筋肉(外側輪状披裂筋)が収縮する様子を表している。そうすると、声帯ひだは今度は内向き後方に引っ張られ、赤線で示すようにすき間が狭まる結果になる。 つまり、披裂軟骨の回転する方向に応じて声帯ひだが離れたりくっついたりするわけだ。 一番右の図は、もう一つ大事な動きを表している。披裂軟骨の回転軸そのものを互いに引き寄せるような動きである。この動きは、披裂筋と呼ばれる筋肉を収縮させることによって生じる。これも声帯ひだを近づける効果を持つ。 ここまでは、のどにある声帯を動かす上で、どの筋肉がどう作用するかを述べてきたわけだが、今度はこれに神経をプラスして考えてみよう。 単に声帯を動かす筋肉を把握しただけでは、まだ声帯をコントロールできるわけではない。肝心の筋肉に「動け」という脳からの指令を伝えてやる必要があるのだ。 ところが、そこに大きな落とし穴が潜んでいた。 声帯を操作するのだから声帯に指令を出せばいい、と僕たちは単純に信じ切っていたのだが、どうもそれは間違いだった、と僕は考えるようになった。 その理由は、声帯を支配する神経(反回神経)の配線がちょっと常軌を逸した大回りをしていることにある。たぶんそのせいで、僕たちが考える声帯の位置に指令を出しても、声帯はうまく応えてくれないのだ。 ではどうしたらいいか。物理的に声帯のあるのどではなく、鼻の中あたりに声帯を動かす神経があると仮定し、そこに指令を出したほうがうまくいくのである。一種のリモコン操作のようなものだ。 たぶん、声帯を動かす神経がこれほど大回りしているのは一種の先天的な配線ミス(進化のいたずら)だろう。しかしこの配線ミスを逆手にとって、声帯が鼻の中にあるかのように考えて指令の送り先を変えてやれば、脳がだまされてうまく指令が伝わるようになる。 僕たちはこれまで、声帯の誤配線に欺かれていた。しかしそれを欺き返してやることで、声帯を完全に支配下に置くことが可能となるのだ。 声帯を意のままに操るには、声帯は鼻の中にある、と自己暗示をかけるのが手っ取り早いだろう。あるいは、鼻の中に声帯を動かすツボがある、と思ってもよい。要は、自分の脳をいちばんだませそうな方便を考えればよいのだ。鼻の中にスクリーンがあって、そこに声帯の映像が映し出されている、といったイメージを持ってもよいだろう。いわば声帯の虚像だ。僕はもっと実際的に、鼻の中に声帯を模した器官があるかのように想像している。この架空の器官が、鼻腔弁(びくうべん)である。架空の器官なので、位置は定まるが実体はない。さしずめ声帯の幽霊みたいなものだ。 前回述べたとおり、この鼻腔弁は鼻の中に垂直に立っていると仮定しよう。イメージとしては、のどに水平に置かれた声帯の先端を持ち上げ、これを垂直に起こして場所を移し、先端を眉間の下、両目の間にある鼻の付け根に持ってきたような感じだ。声帯ひだは、鼻の付け根から2本の上前歯の根元にかけてロープ状(あるいは左右に開くのれん状)に垂れ下がった恰好になる。 とすれば最初に挙げた声帯の図は、そのまま鼻腔弁の図に合致すると考えてもよい。違うのは方向だけだ。仮にこれが鼻腔弁の図だと考えるなら、声帯ひだに相当する2本の白い線は、眉間から鼻の下の左右に向かって延びていることになる。 繰り返すが、この鼻腔弁は実在する器官ではなく、脳神経の勘違いから生まれた虚像である。だが、声帯とうまく交信するためには、この虚像を霊媒のように使うことが必要なのだ。僕たちはこれまで、霊媒を使わずに声帯と格闘してきたようなものだ。だから声帯が何を必要としているのか分からず、半ばけんか越しに声帯とつき合ってきた。しかし鼻腔弁という霊媒を介しさえすれば、声帯をうまく手なずけて良いパートナーにすることが可能になるのだ。 さて、声帯の図を鼻腔弁と重ねて見ていて、気づいたことがある。 先ほど声帯を動かすカギとなる披裂軟骨というパーツの存在に触れたが、鼻腔弁にもこれに相当する部分があるのでなはいか、というアイデアだ。 とすれば、その場所は2本の上前歯の付け根あたりだろうか。鼻の下の左右にこれが1個ずつあると想像してみよう。形はごく小さなブーメラン状だ。どちらも中心に軸があって、左右に回転できるようになっている。この披裂軟骨の虚像を操作することで、実際の披裂軟骨を遠隔操作できるのではないだろうか。そう考えていろいろと実験してみた。 前回紹介した「鼻腔弁のハサミ閉じ」という動きはたぶん、左右の披裂軟骨をひき付け合う、という動きに相当するものだろう。披裂筋の収縮を促す動き、と言えるかもしれない。これに今回は、披裂軟骨を回転する動きを加えようと試みたのだ。 回転方向は、右側の披裂軟骨が左回り、左側の披裂軟骨が右回りだ。この回転を加えると、左右の声帯ひだがより接近し、張力も増すことになる。 まず、左右の上前歯の根元付近に披裂軟骨の虚像を想い描いてみよう。便宜上、形は小さな2個のローラーを想像したほうがよいかもしれない。上から何かを落とし込むと、2つのローラーが回転してこれを平らにつぶし、せんべい状のものが下から出てくる、という感じの回転を想像してみよう。この回転を加えると、左右の鼻腔弁(=声帯ひだ)が引き寄せられ、間のすき間はほとんどない感じになる。 こうして半月あまり実験を繰り返してみた。それなりに効果はあるようにも思えるんだが、どうも100%これでいいという確信が生まれてこない。何かしっくりこないのだ。どこがいけないのだろうか? そうして試行錯誤をさらに繰り返しているうち、ふと思いついた。上下を逆にしてみたらどうだろうか? ここまでは、鼻腔弁のちょうつがい部分が鼻の付け根にあり、鼻腔弁を開閉する部分が上前歯の付け根付近にあると仮定してきたが、試しにこれをひっくり返してみることにした。というのは、いろいろやってみたが上前歯の付け根近辺にはコントロールできる部分が少ないように思えたからだ。むしろ鼻の付け根、眉間の下あたりのほうに動かせるパーツが潜んでいるのでは、と直感したのである。 イメージとしては下図のとおりで、下端が上前歯の付け根付近、上端の中心が眉間にあたる。披裂軟骨は左右の眉の下あたりにくる感じを想定してみた。そして、右の披裂軟骨を時計回りに、左の披裂軟骨を反時計回りに回すようにすると鼻腔弁が閉じる、と意識する。 この状態で声を出してみると、なぜか驚くほどうまくいくのだ。前回のようなハサミ閉じだけの場合よりもさらに声帯がしっかりと反応し、コントロールがもっと意のままになることが実感できる。 披裂軟骨の回転軸は、左右それぞれの眉の中心からやや下にあるとイメージし、左右の披裂軟骨の外側の端部をそれぞれ頬骨のほうに引き寄せるようにすると、披裂軟骨の内側の端部が互いに近づき、鼻腔弁が閉じる感じになる。あくまで僕個人のイメージだけどね。 こうして声を出してみると、あまりに軽々と出るので、ちょっと声楽家のはしくれにでもなったような気分になる。ま、それは気のせいだとしても、少なくとも声の質が前よりよくなることは確かなようだ。 ただ、なぜ上下を逆にした鼻腔弁モデルのほうがこれほどうまく機能するのかはまだ探ってみる余地がありそうなので、これから検証を重ねていこうと思う。 このサイトに公開しているアイデアは全部僕の血のにじむような実験と探究の成果なので、もし効果があると思って人に伝える場合は、考えたのは国井仗司だということを必ず言い添えてくださいね。パクっちゃやーよ。

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