「鼻腔弁」を意識する

前回出した宿題を実践した人は、ハナみちの入り口と出口のロケーションをすでに体で理解しているはずだ。

でも念のため、別の角度からハナみちの場所を確認しておこう。

まず、上の前歯の根元を舌先で触ってみよう。そこから上あごの天井(口蓋)に沿って舌先を後ろにすべらせてみてほしい。口蓋の真ん中あたりで、急に口蓋の硬さが変わる部分があるはずだ。そこまでは骨があるので硬いのだが、そこから後ろは骨がなくなって柔らかい。なので、口蓋の前半分は硬口蓋とよばれ、後ろ半分は軟口蓋と呼ばれている。軟口蓋の一番奥には、口蓋帆と口蓋垂がある。

ハナみち(上咽頭あるいは鼻咽腔[びいんくう])の場所は、この軟口蓋の真上にあたる。口蓋帆の裏から、軟口蓋と硬口蓋の境目の真上付近までをつなぐパイプ状のエリアだ。

参考:http://www.anatomy.med.keio.ac.jp/funatoka/anatomy/Rauber-Kopsch/2-03.html
(図86と87の中で、口蓋垂から鼻腔にかけてのエリアがハナみちに該当する)

ハナみちの入り口では、口蓋帆が弁(バルブ)の役目を果たす。つまり、口蓋帆が後方の咽頭壁に近づいたり離れたりすることで、息の出入りを調節するのだ。

そしてハナみちの出口部分にも、同じように息の量を調節する弁がある。これを仮に「鼻腔弁」(びくうべん)と呼んでおこう。これは発見者たる僕の造語である。鼻で息を吸ったり吐いたりしながら鼻の奥を狭めてクンクンいわせるときに使われる部分がそうだ。(西洋のクラシック音楽を歌うときなどは、この鼻腔弁がおそろしく強力な武器になる。発声がそれまでとは次元の違う領域に入っていくみたいなのだ。「ベートーベンは鼻腔弁で歌え」、なんてキャッチフレーズが使えるかも。)ただしこの鼻腔弁の所在は、解剖図を見ただけではよくわからない。

そもそも鼻腔はかなり複雑な構造をしていて、単純なパイプ型ではなくいろんな出っ張りや仕切りがあちこちにある。しかも、副鼻腔と呼ばれるさまざまな形をした小さな空洞が鼻の周囲に点在していて、おそらくこれも声の響きや声質を補助する役目を果たしていると思われるが、一見しただけでは何がどう作用するのかわかりづらい。だから鼻腔弁も、口蓋帆のように1枚の膜が入り口を塞いだり開いたりするのとはちょっと仕組みが違うのだ。

だが、上で述べたように鼻の奥の筋肉や粘膜を操作すれば、息の通路を任意に狭めたり広げたりできることは確かだ。たぶん複数の筋肉が連携して、通路の微妙な開け閉めを手伝っているのだろう。僕の体感では、鼻腔の奥あたりでハナみちの上や左右の壁が狭まったり広がったりしながら、息の量や息圧を調節しているように思う。とするとこの鼻腔弁は一枚岩ではなく、一種の複合的な弁ではないかと考えられる。(少なくとも歌うときには、高声域と低声域のチェンジを境にこの鼻腔弁の場所が前後にやや移動するような実感がある。)

それはともかくとして、ここでは鼻腔弁の位置を意識するための実践的な方法を紹介しておこう。

口を閉じ、静かに鼻で息を吸う。吸いながら、鼻の奥をやや狭めて息をブロックしていく。鼻をすする感覚と似ていなくもないが、鼻先ですするのではなく、鼻の奥の高い部分を狭めながら息を吸うようにしてみよう。あなたが眼鏡をかけていると仮定して、眼鏡の鼻あてパッドが鼻すじの左右に触れる場所を想像してみてほしい。その箇所を見えない手でつまんで、鼻腔を狭めるような感覚、といえばわかりやすいだろうか。

こうして息を吸うと、抵抗が生まれて空気摩擦による息音がかすかに聞こえ始めるはずだ。さらに鼻の奥を狭めると、吸う息が断続的にブロックされたり開放されたりして、クーッという音や小さないびきのような音がし始める。そこまで強く狭めることはせず、柔らかに鼻の奥を狭めたり緩めたりしながら息を吸い続けてみよう。

なぜ息を吸いながら練習しているかというと、こうすれば口蓋帆のほうは常にリラックスした状態になっているからだ。息を吐きながらやってもいいのだが、そうすると口蓋帆のほうで息をブロックしてしまう可能性があり、そうなるとハナみちの出口を開閉しているのか入り口を開閉しているのか自分でわかりづらい。だから最初は、息を吸いながら開け閉めを練習したほうが鼻腔弁を意識しやすいのだ。

やってみると、鼻腔弁は鼻のいちばん奥の、それも天井付近にあることがわかるだろう。そしてこの弁は、息の通り道のてっぺんを左右からつまむように作用する。

鼻腔弁は、ふつう日本語で使われることはない。日本語をしゃべっている限り、この弁は常に開放状態にある。だから僕たちはこの弁をふだんほとんど意識していない(しいていえば鼻をかむときに使うぐらいのものだ)。だから、鼻腔弁の位置を探る作業をするときは、まったく新しい神経回路をつくってやる、ぐらいの心構えで、しっかり気持ちをフォーカスして取り組んでほしい。

息を吸いながらこの鼻腔弁を絞ったり緩めたりできるようになったら、今度は同じことを息を吐きながらやってみよう。ここでも注意点は、口蓋帆でハナみちの入り口を塞がないでおくことだ。口蓋帆は開放したままで、息を吸ったり吐いたりしながら鼻腔弁を意識的に絞ったり緩めたりしてみよう。

この練習をやれば、どのあたりの筋肉を使えば鼻腔弁を調節できるかが明確に意識できるようになってくる。鼻腔弁をコントロールする動きは、耳を動かす筋肉や顔の筋肉の一部とも連動しているかもしれない。自分の体のどの部分がどう動くかを細かくチェックしながら練習して、いつでも鼻腔弁の動作を再現できるようにしておきたい。この鼻腔弁の開閉テクニックは後で大いに重宝するので、しっかり覚えておこう。

さて、これでハナみちの入り口と出口が自分の頭部のどのへんにあるかが認識できたはずだ。この出入り口2カ所の弁をそれぞれ絞ったり開いたりする練習方法についても、ひととおり解説を済ませた。

先にも述べたとおり、鼻腔弁は日本語ではまず使われることがないし、また使う必要もない。なぜなら、日本語ではハナみちの入り口が口蓋帆でほぼ閉じられている状態なので、そもそも鼻腔弁のところまで十分に息がとどかないからだ。だから日本語では鼻腔弁が常に開放状態になっている。つまり、日本語をしゃべっている限り鼻腔弁は緩みっぱなしだ。いわば無用の長物なので、その存在すら認識されてこなかったのである。

ところが英語(および似た系統の言語)では、この鼻腔弁が大活躍する。前回もちょっと触れたが、鼻腔弁は英語のあらゆる音の形成を左右する中枢的な役割を担っているのである。そして鼻腔弁の機能をフルに発揮させるためには、口蓋帆を開放しきっておくことが必須となる。

この違いは、表にしてみるとわかりやすい。

・・・・・・・・・・・口蓋帆        鼻腔弁
日本語            
英語             

日本人が英語をしゃべるときは口蓋帆でハナみちを閉じてしまうので、英語として聞くと違和感が生じやすい。逆に、日本語をしゃべる英米人の多くは、口蓋帆を弛緩させて鼻腔弁のほうをあやつりながらしゃべるので、いかにも外人的な日本語に聞こえてしまうのだ(米国人TVタレント・パックンの話し声を思い起こしてほしい)。

この違いを理解して実際に使い分けられるようになれば、誰でも日本語と英語の間をより簡単に行き来できるはずである(少なくとも音声面ではね)。

次回は鼻腔弁と英語発音のつながりについて、より実践的に考えてみたい。

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な お、このブログで公開しているメソッドは僕が苦心してたどりついた知的財産なので、無断借用はしないようお願いしたい(もちろん個人で発音改善などに利用 される分には大いに歓迎するが)。以前僕が別のブログで音読について綴ったことを黙って本に盗用した人がいて、遺憾に思ったのでひと言。また、紹介してい ただく際には必ずクレジットを入れることをお願いしたい。