「のど声」の功罪

僕は学生の頃から合唱をやっていたので、いろんな指揮者やボイストレーナーから発声の集団指導や個人指導を受けたが、いちばん最初についた指揮者の教えは今でも忘れられない。日本語の声の出し方と西洋の声の出し方はまったく違う、というのがその人の一貫した主張で、事実その先生が歌うお手本を聴くと、はっきりと違いが理解できた。そのとおり歌えるようになる団員は少なかったが、中には急に化けて、聞き惚れるほどいい声を出すようになる奴もいた。

ちゃんとした発声で歌うほど英語やドイツ語がそれらしく聞こえる、ということも合唱を通じて知った。合唱や声楽の世界で正しいとされる発声は、のどを開いてリラックスさせたまま、「支え」と呼ばれるテクニックを使って体の必要な部分にだけ緊張を維持し、豊かな共鳴を引き出す、というものだが、その対極にある悪い発声の代名詞が「のど声」である。のどを緊張させて、あまり共鳴のない生の音をストレートに絞り出すやり方だ。日本の音楽では浄瑠璃や義太夫、浪曲、あるいは演歌など、のどを緊張させたまま歌う文化があるが、西洋の合唱や声楽では一般にのど声はNGとされている(「のど声」でネット検索してみればわかる)。

 このことは歌だけでなく、日本語と英語の話し声の違いにも反映されている。極端な言い方をすると、日本語はのど声が基本で、英語の声はそうではない。だから、日本語的なのど声のまま英語をしゃべろうとすると、ぎこちなく聞こえてしまう。だとすると、のど声を避けることが英語を楽にしゃべる近道となるはずだ。

 ちょっとのど声を悪く言い過ぎたかもしれないが、単に声楽の世界でNGというだけで、日本文化の伝統としては誇りに思っていいし、日本語を話すのには便利きわまりないものだ。英語だってのど声でしゃべっていけないという決まりはなく、国連のパン・ギムン事務総長なんかは立派にのど声で通している(多少聞きづらいけど)。だが、もしあなたが英語の発音に行き詰まりを感じていて、よりナチュラルな音に脱皮したいと思うなら、のど声を解除することを目指すとよい。

 そのためのアプローチを時間をかけていろいろ追求してきたが、僕が今いちばん有効と見ているのは、鼻先から首の後ろにかけて斜めに切るような面を境に、後方上側で基音をよく響かせながら(発声)、前方下側でクリアな子音と母音を作る(発音)、という分業体制を確立することだ。といってもこれだけでは意味が通じないだろうから、順を追って説明しよう。

それにはまず、僕たち日本人が得意な「のど声」の成り立ちについて、少し詳しく分析してみる必要がある。というわけで、次回は日本語の母音について考えてみたい。

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