「翼ある息」と国井モデル

ホメロス作と伝えられる古代ギリシャの叙事詩「イリアス」や「オデュッセウス」には、「翼ある言葉」(英語ではwinged wordsなどと訳されている)というフレーズが幾度となく出てくる。どんな意味かは諸説あるらしいが、含みがあってなかなかいい言い回しだ。言葉に翼が生えて飛び立つ様子を想像してみると、なんだか面白いでしょ?

そういえばギリシャ神話には、翼の生えたサンダルを履いて空を飛ぶ神だか英雄だかがいたような気がする(ググってみたらヘルメス[別名マーキュリー]だった)。

言葉やサンダルに翼が生えるくらいだから、もっと想像の翼を広げて、息に翼が生えている様子を思い描いたっていいだろう。

なぜこんな話を切り出したかというと、発声がうまくいっているときは、あたかも息に翼が生えたように軽々と声が出るような気がするからだ。というか、国井モデルで鼻メガホンに向かう息の柱と、口メガホンに向かう息でこれを背後から補助する関係は、もしかしたら息の柱の背後から翼が生えている感じに近いのかもしれない。自分の声が息に乗って軽々と飛翔するさまをイメージするだけでも、自然といい声になりそうな気がしてくる。

というわけで、今回は少し呼吸について考えてみよう。

いろんなボイストレーナーの指導方法を見ていると、腹式呼吸とか呼吸法とかいう切り口から入るのが1つの常套手段のようだ。でも、僕はあまり呼吸法にはこだわりがない。というかむしろ逆で、カナ縛りでのどや首や下あごがカチンカチンに緊張している人にいくら正しい呼吸法を教えても、何の効果もないしかえって逆効果だろう、ぐらいに思っている。

むしろ、カナ縛りが解けて正しい声の出し方が理解できてくれば、自然と腹式呼吸になってくるはずなので、そもそも指導の順序が間違っているのである。最初は、呼吸法は発声とは別物、ぐらいに考えたほうがいい。発声の補助として呼吸法は役立つかもしれないが、呼吸法が正しければ発声も矯正できる、ということには決してならないのである。

僕が「国井モデル」を提唱したときあえて呼吸法には一切触れなかったのも、そうした理由からだ。でも、もうだいぶカナ縛りの解き方については十分説いてきたので、そろそろ封印していた呼吸の話に触れてもいいだろう。

ちょっとおさらいしておくと、僕たち日本人が従来から無意識のうちに使ってきた声の出し方と、英語や西洋の声楽で使われている声の出し方との間には、決定的な違いがある。国井モデルは、その違いを誰もが認識できるよう明確に図式化したものである。

簡単にいえば、国井モデルは(1)鼻メガホンを優先的に響かせる、(2)鼻メガホンに向かう息の流れを遮ることなく補助的に口メガホンを響かせる、という2つの枠組みからなる。詳しくは以前のエントリーを読み返してほしい。

この枠組みさえしっかり抑えれば、これまでとは異次元とも思えるほどの新しい呼吸が自然と導かれるはずなのだ。

僕がこの呼吸について記述する必要を感じたのはなぜかというと、1つには、声を出せない環境に置かれたときにもサイレントで発声準備をしておきたいからだ。夜とか電車の中とか、声を出すと人に迷惑がかかるような状況は、人の多いコミュニティに住んでいればいくらでもある。それでも、いざとなったらいつでも正しいモデルで発声・発音できるよう体を準備しておきたい場合もあるだろう。そんなときに備えて、国井モデルにつながる呼吸法をしっかりイメージしておけば、寝起きだろうが電車の中だろうが図書館の中だろうが、いつでも人にはばかることなく練習できてしまうのだ。

さて、国井モデルの構成からまず明らかなのは、息を吐くときには鼻メガホンへ向かう息を常に保ち続けるような呼吸が求められる、ということである。つまり、どんな母音や子音を発音しようが、どんなに忙しく口を動かそうが、のどから鼻メガホンへ向かう息の流れは妨げないような呼吸が理想なのだ。

図式化するなら、常にのどから口蓋帆の裏に向かって1本の透明な柱が送風管のように伸びているような感じだろうか。

特に大切なのは、口から鼻に息が入るポイントを自分でしっかり意識して、常にそこから鼻のほうへ向かう息のベクトルを保持することだ(もちろん息を吐く場合の話だけど)。

たとえていえば、噴水の頂点かサーフィンの波がいつもこのポイントにあって、絶えずそこから前向きに何かが動き出しそうな、運動ポテンシャルに満ちた状態である。

これは、口を開けたまま息を吐くときもまったく同じだ。ともすると、口で息をし始めたとたんに鼻に向かう息のベクトルが消滅して、口だけで息を吐いてしまいがちになるが、決してそんな状態に陥らないよう工夫してみてほしい。ここがカナ縛りに逆戻りするか国井モデルに踏みとどまれるかの境目なのである。

そこで、冒頭に述べた「翼ある言葉」のたとえが役に立つかもしれない。先ほど、息が口から鼻に入るポイントに噴水の頂点かサーフィンの波をイメージする、という話をしたが、このポイントで息のベクトルを維持するためには、単に下から息で押し上げるだけではなく、噴水の頂点ないしサーフィンの波の背中の部分に想像上の翼をつけてみるとよい。そして、これを羽ばたかせて引っ張り上げる力を加えてやるのだ。

つまり、普段僕たちが考えているような、横隔膜などで息をポンプのように押し出す呼吸にのみ頼るのではなく、鼻メガホンに向かう息の背に翼を生やして、引っ張り上げる力をプラスしてやるイメージだ。以前に述べた僕流の声の「支え」というのも、考えてみるとまさにこの引っ張り上げる力なのである。

息を押し上げる力に翼で引き上げる力が加わることで、より呼気が楽に流れる。そして、この2つの力が交わる点が、発声・発音の大事なポイントでもあるのだ。国井モデルでいえば、鼻メガホンに向かう息と口メガホンに向かう息が交わるのがこのポイントだし、子音や母音の発音の起点となるのもやはりこのポイントなのである(これは僕が最近試してみて、かなり効果があると思っているイメージの1つだ)。

国井モデルに翼のイメージを付け加えるとすれば、このポイントしかないだろう。ここに翼を付け加えることで、口メガホンを響かせる息の流れ(子音や母音を作る息の流れにあたる)がやや上向きになり、鼻に向かう息の流れも同時にサポートされる。意識の上では、噴水の頂点かサーフィンの波頭の部分を背後から抱えて引き上げるようなイメージだ。

口を開けたままこのやり方で息を吐くと、息の大部分が頭の上や左右方向に発散され、口から出てくる息はきわめて少なく感じられるはずだ。そして、そのままa, i, u, e, oと母音を変えながら息を出してみると、母音の変化を作るポイントは噴水の頂点かサーフィンの波頭の背後、つまり翼の付け根の部分に絞られることがわかる。それ以外の部分を力ませて操作する必要はまったくないのだ。口の形はそれなりに変わるだろうが、口はリラックスしきっている。のどに至ってはまったく形も変わらなければ力みもない。

翼のない息で声を出すと、声の支えがなくなり、響きがすぐ重力に負けて口のほうに落ちて、平べったいカナ縛り発声に収束していく。これに対し、翼ある息で発した声は常に重力に逆らって、頭蓋骨を浮遊させるように伸びやかに響く。そのとき胸から下の呼吸は自然と腹式呼吸になっているはずだ。

こうして翼ある息でサイレントのまま準備練習をしておくと、声を出せる環境になったときにも無理なく本調子で国井モデルの発声・発音ができる。あなたもリラックスして、大空へ向かって息を高らかに飛翔させるように呼吸してみては?

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な お、このブログで公開しているメソッドは僕が苦心してたどりついた知的財産なので、無断借用はしないようお願いしたい(もちろん個人で発音改善などに利用 される分には大いに歓迎するが)。以前僕が別のブログで音読について綴ったことを黙って本に盗用した人がいて、遺憾に思ったのでひと言。